義理の母を介護した兄嫁と私の時間

義理の母を介護した兄嫁と私の時間

50代 BBさん

 

義理の母の介護を経験した思い出です。
主人は男兄弟だけでしたので、義理の父と、主人の兄の嫁、私の三人が協力して、母と密度の濃い時間を過ごしました。

 

兄嫁がリーダーシップを握り、昼晩の食事や排泄、体位交換など、分単位のスケジュールを組み立て、私はそれに沿って行動しました。
基本的に一日交代でお世話をすることに決めましたが、私と兄嫁が直接ゆっくり会話する時間は持たず、担当した日の母の様子を枕元の大学ノートに書き込んで確認しあうようにしました。
毎日の食事の献立が重ならないように、担当した日の朝昼晩のメニューも記入。
食欲や食べ残しも、翌日に引き継げるように記入。
便の回数や、状態も細かく記入。
今思うと、合理的な兄嫁の人柄を表すような、細かい決まり事の数かずでした。

 

現在ほど介護保険のサービスが充実していない時期でしたが、週に二回の訪問入浴、かかりつけの医師の往診、リハビリ、保健師の指導など、多くの人に助けらました。

 

そんな方々、医師や福祉関係の職員との窓口は、すべて兄嫁が引き受け、金銭管理も兄嫁が行いました。

 

もっぱら裏方に徹した私にも、言いたいことや不満がなかったわけではありませんでしたが、最後まで、兄嫁のルールに従いました。
結果的には、それでよかったと思っています。

 

直接聞けたわけではありませんが、母は、キャラクターが正反対の嫁二人が、一日おきに身近で世話をし、話しかけることで、ある意味刺激のある日々だったかもしれません。
寝たきりになって身体の機能は衰えていきましたが、頭はしっかりして最後まで私たちとの会話を楽しむことができました。

 

正直に言うと、いつまで続くのかと思った日がなかったわけではありません。
けれど、介護の終わりのときは必ず訪れます。
その時に枕元に残ったノートを読み返しました。
兄嫁と交わした交換日記のような大学ノート。
優しい言葉はなにもなくて、事務的な引き継ぎ事項のみの内容のノートが、とても愛おしく感じられたことを思い出します。

 

母の介護を通して、私と兄嫁は不思議な連帯感と何かの絆で結ばれていたように思います。
そして、母の介護をやり遂げた後、兄嫁との精神的な距離は再び少しづつ離れていったような気がします。